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Essay Japanese only |
File 006 : Slightly Out if Focus/写真を撮る、ということ さて、前回は今一番お気に入りのカメラであるライカR4についてお話しましたが、今回は肝心の 「写真を撮る」ということについてぼくの趣味という観点から考えてみたいと思います。 写真を撮るためにはカメラが必要です。これは当然のことで、あることをしようとすれば道具が 必要であることは今更説明する必要もないでしょう。 では、どんなカメラにするのか?モノの氾濫する現代においては、これがある意味で最も難しい ことの一つとなりつつあるように思います。 最近になってとうとうデジタルカメラがいわゆる銀塩カメラの出荷台数を抜いたそうです。カメラを 持って写真を撮る、という行為を考えた場合、まず問題となるのが「デジカメにするか、銀塩カメ ラにするか?」という時代になっているのです。いや、もしかしたら「カメラと言えばデジカメ」という ことになっているかもしれません。しかも今やデジカメは大変高性能になり、一眼レフタイプのデ ジカメも人気を博しているようです。 ある行為をなすのにどんな道具を用いるか?という命題に対しては、自分の目的をはっきりさせ ることが回答への早道です。 ぼくがここで言っている「写真を撮る」というのは、ぼくの趣味の、楽しみとしての写真です。それ は誰かに押し付けられたものでなく、宿題でも仕事でもないので、いかにそれを「楽しむか」という 点が重要な目的となります。 ですから、ぼくの趣味の中では「自分の道具としての愛着が湧くカメラを持って」「写真を撮ること を楽しめる」ことが写真を撮る上での重要な要素となるのです。 そのように考えた場合、「ライカ」というカメラや「クラシック・カメラ」というのは、まずその道具その もので楽しめます。あるものには歴史があり、あるものにはその当時の流行や最先端の技術が あり、また写真を撮るための手間やコツが必要であり、ときに機械としてのメンテナンスが必要 であることが、それが自分の楽しみであることをことさら印象付けます。 もちろんデジカメでも同じように楽しむことのできる人もいるでしょう。ぼくの場合は、それが今の 時代の便利なデジカメから考えれば不便で、手間のかかることを楽しんでいるのです。 ぼくはデジカメの便利さや情報量の多さを否定しません。むしろ毎日の仕事の中ではそれを積極 的に利用していて、そういう意味ではほぼ毎日デジカメでは写真を撮っています。その場で結果 を確認でき、簡単に消去できること、日時の情報を持っていること、データという形で保存でき、 簡単に検索できること、などがぼくの仕事の中で役に立っている主な理由ですが、後でパソコン で画像を編集できることが役に立っている人もいることでしょう。 振り返ってぼくの趣味の写真はそれらと全く正反対の位置にいます。光の具合をみて露出を決 め、シャッタースピードを決定して(このいずれかは機械がやってくれることもありますが)ピントを 合わせ、そしてシャッターを押す。結果はすぐには分かりませんし、プロのカメラマンではありませ んから、モータードライブでバンバン撮って後で取捨選択、というわけにもいきません。素人であ るが故、たった一枚の構図に悩むこともありますし、妻と子供を撮影するのにピント合わせに時 間がかかって怒られたこともあります。 しかし、そのように苦労して撮った写真、フィルム1本のうちのたった一枚でも自分の思ったとおり の写真が撮れたときの喜びは何ものにも変えがたいものがあります。このように銀塩カメラを 持って写真を撮ることは、「道具を持つ楽しみ」「写真を撮るという作業の楽しみ」「出来上がりを 待って見る楽しみ」と多くの楽しみがそこに隠されていて、まさしくそれこそが趣味以外の何物で もない、ということになるのでしょう。(2 Feb, 2004) ←prev next→ BACK TO ESSAY TITLE PAGE BACK TO HOME PAGE |