|
|
|
Essay Japanese only |
File 009 : Unordinary Life with a Fountain Pen / 非日常性と万年筆 一部の人たちの間で「万年筆」が見直されているようです。もっとも昔からあるもの、というのは どこかにそれが好きな人というのはいるもので、日本においては雑誌などで取り上げられると 再び注目が集まる、ということなのでしょう。 ぼくもたまたま2001年の12月に1本の万年筆を手に入れました。小学館刊のラピタという雑誌の 中で紹介され、通販も行われたものをラピタクラブ会員の友人を通じて手に入れたものです。 大阪にあるカトウセイサクショ・カンパニーという会社が作ったもので、箱には「手作り万年筆」 とあります。ちょうどこの通販の時にはセルロイドの芯のものと松の木の芯のものとがあり、一見 して気に入った松の木の方を手に入れました。何でも20年程前に滋賀の木彫り職人が1本1本 彫った、という松と鶴の彫り物のある万年筆で、ですからボディは軽く書きやすいと思いました。 万年筆を愛好するみなさんが、日常どういった状況で万年筆をお使いになられているのかは 分かりませんが、ぼくの場合これで日記を書いています。折りしもちょうど仕事で海外への単身 赴任が決まったところで、自分にとって初めての海外生活を日記に記そうと決めたところでした。 もともとは、日本のとある場所での任務を終了して東京の本社に戻ったころに、通勤途上の 喫茶店でコーヒーを飲みながら、モノを書き始めたのが始まりでした。通勤途上ですから時間も ないので、ノート1ページにその日のテーマを決めて何か書きます。たいていは車とか音楽とか 自分の好きなものについてで、だからこそ短い時間の間でもノート1ページ書くのは難しいことで はなく、楽しみとして続けることができたのです。 また、ちょうどその頃、仕事で海外へたびたび出張しました。そのときにもこのノートとペンは欠か さず持って歩き、ホテル・喫茶店・公園と場所を問わず、そのとき感じたことなどを記しました。 例えば2001年の3月にアメリカ・ニューヨークのホテルでは"New York State on My Mind"という タイトルでニューヨークの印象について述べています。(タイトルはBilly Joelの曲名からいただいた もの) それは日記であり、また、そのとき感じたことそのものであり、なのでエッセイのようであり随筆の ようなものだったかもしれません。ぼくはプロのモノ書きではないし、誰に見せるわけでもない、単 なる個人の記録ですから、その定義について厳密に考えたことはないのですが。 このことがぼくに新しい日記の形を与えてくれたようです。ですから万年筆を買ったから、という よりもむしろ、書くことが先にあって、それを万年筆に持ち替えた、というほうが正しいかも知れま せん。 小さいことから日記を書こうとしても文字通り3日しか続いたことのないぼくですが、不思議とこの 単身赴任してからの日記はもう2年以上続いていて、その間にノート7冊目になりました。あと1年 か2年ほど単身赴任の予定はあるので、まだまだ続いていくことでしょう。それはひょっとして 「海外単身赴任であること」「万年筆でモノを書くこと」という「非日常性」から来ているのではない か、と思うのです。(27 Jun.,2004) ←prev next→ BACK TO ESSAY TITLE PAGE BACK TO HOME PAGE |